#001

master-piece x MIZUNO
COLLABORATION SERIES

about
THE STORieS

マスターピースのバッグには、ひとつひとつに様々なストーリーが宿ります。
ただのバッグではない、物語が詰まったプロダクトがどのように生まれたのか。
スペックではないストーリーを、お届けする新企画「THE STORieS」がスタートします。
第一回目は、大人気コラボレーション、ミズノ×マスターピースについて。ぜひご一読ください。

文 : 岩井祐二
1977年京都府生まれ。雑誌『カジカジ』編集長を経て、2017年に独立。大阪・中津に編集型ショップ「IMA:ZINE」を立ち上げる。現在も雑誌制作や各種クリエイティブに携わる編集者としても活動。

“本物”と“プロ”が導き出した
嫉妬したくなるストーリー。

突然ですが、みなさん、子供の頃の夢は何でしたか? 
僕はオヤジとオカンが読売巨人軍のファンだったのに、近所の寿司屋の兄ちゃんの影響で阪神ファンになり、真弓明信のユニフォームを着ながら、いつか虎の1番バッターとなることを信じて疑わない少年時代を過ごしました。

少年野球では背番号7番(入団した順番が早かったから選べただけ)を背負い、練習以外の日もひたすら壁当てをしてスローイングとキャッチングを磨き続け、ポジションは真弓と同じくライトを獲得。打順は8番。いわゆる“ライパチ”と言われる最下層のレギュラーポジションをゲットしたのです。

中学まで野球を続けましたが、才能の限界を感じ、虎の一番への道を自ら閉ざしてしまいました。あの野球に明け暮れた日々は今でも鮮明に心のアルバムに焼き付いていて、河川敷で小学生が野球をしているとついつい足を止めて見入っては郷愁に駆られています。

そんな僕の短くも楽しかった野球人生を彩ってくれたのは、いつも“ミズノ”のグラブでした。大きなMのロゴに、軟式用を示す青の王冠(硬式用は赤の王冠。それがまたイケてる)、かっこいい先輩たちはみんな“ミズノ”のグラブを使っていて、オヤジに泣きながら買って欲しいと頼んだことを覚えています。

その憧れは、中学時代に友達が持っていたパナソニックのラジカセよりも、高校時代に先輩が穿いていたヴィンテージのリーバイスに対するそれよりも強く、小学生なりの価値観では絶対に“ミズノ”じゃなきゃダメだったんです。それほどに“ミズノ”のグラブは少年時代の僕にとっては特別で、センチメンタルな想い出がたくさん詰まっているものなんです。

ミズノのグラブ

だから、このマスターピースとミズノのコラボレーションの話を聞いた時、正直なところ、嫉妬心を覚えました。「え? なんで? え? ミズノの凄さ、わかってんの? え? どんなん作るん?」と、なぜか焦り、内心ではめちゃくちゃ訝しく思っていました。

だって、野球界においてミズノというブランドは絶対的ですから。世界で初めてポジション別のグラブを作ったエポックメイカーだし、あのイチローや松井秀喜だってミズノの愛用者、いまもマー君やマエケンをはじめトッププロが使っているんだから、誰もが認めるトップ・オブ・トップのブランドの地位に疑いはないんです。「そんなミズノとバッグを作るって? ん? え? ほんまにうらやましいんですけど」となって当然なわけです、野球を少しでもかじっていた人間からすると。

なぜ、どうしてこんなコラボレーションを実現することができたのか、嫉妬と羨望を込めて、マスターピースのディレクターである古家くんに話を聞いたら、自分のそれまで思っていたことがとても恥ずかしくなってしまう結果に。

「始まりはマスターピースの展示会をミズノの人が覗いてくれたことだったんです。それも偶然ではあるのですが、その方と僕の野球人生の話をしていて。そうしたら話が結構盛り上がって、“今度工場見に来てください”って言っていただいたことがきっかけで。その時は、半分冗談みたいなノリだったのかもしれないですけど、自分は興味があったし、何かの勉強になると思って伺ったんですね。そうしたら、ミズノの工場の中でバッグを作っている方ともお話しすることができて、また話が盛り上がって。同じ大阪が拠点ということもあるし、何かコラボレーションしようって流れになったんです」

時として偶然が生み出す好機っていうのは訪れます。それに対して鼻が利くか、そして嗅ぎ分けた時にすぐに行動に移せるか、これが好機を生かせる人と逃してしまう人の差だと思いますが、古家くんはその両方を持ち合わせていたわけで、それがこのコラボレーションに繋がったということか。一つ目の納得。

ミズノ波賀工場

それに加えて、ここでひとつ引っかかったことが。“僕の野球人生の話で盛り上がって”→“工場を見に来てくださいよ”という流れだというけど、そんなことはなかなか起こりえないはず。だって、相手は世界のミズノ。“昔、野球やってたんですよ。ミズノのグラブ使っていて”なんていう僕みたいなレベルでは、到底そんな話の流れにはならないはずなんです。ということは?と首を傾げていると、古家くんの言葉ですべての合点がいくことに。

「実は大学まで野球をやっていたんです。本気でプロを目指してやっていました。家族や親族に、プロ野球選手がいて、親戚にはプロの監督までやった人がいて、プロ野球家系なんです」。これには不意を突かれると同時に、言葉が出ないほどに驚きました。確かに古家くんは身長が190センチぐらいあるし、只者ではない感が全身から漂っているけど、まさかそんな家系の人だったなんて。

野球を少しでもかじって、いまでも高校野球やプロ野球を心から愛する僕にとって、大学まで野球をやっていた人なんていうのは、殿上人といっても過言ではないほどに敬意を抱く存在で、前述したようなことを思ってしまって、心の底から恥ずかしい思いに駆られたのです。

左:萱原一美(古家祖父)右:山本功児(古家叔父)

少し話がズレますが、プロ野球選手を目指していた古家くんがいまなぜマスターピースのディレクターという立場にいるのか、気になって聞いてみると「プロ野球選手にはなれなかったけど、道を極めるプロになりたいという気持ちはずっとあって。学生時代にマスターピースのバッグを使っていたんですが、日本製にこだわっていたり、自社工場を持っていたり、バッグのプロフェッショナルを追求するブランドだと感じて、いまはこうしてその良さを伝えたり、本気のモノづくりをしたりして、プロでいることに臨んでいます」と返ってきた。

インタビュー中は「なるほど〜」なんて軽めの相槌を打っていた僕ですが、内心ではとても感動していたんです。古家くんが憧れていたというプロ野球選手だったお祖父さんも、野球のプロではなくても、自らが選んだ道でプロであろうとしている孫はさぞかし誇らしいはず。なんて立派な奴なんだ、古家くん。そんな想いが僕の胸を駆け巡り、不覚にもウルっとしてしまいました。

そうして、偶然と必然のストーリーに吸い寄せられるように始まったミズノとマスターピースのコラボレーションは今回で3回目のシーズンを迎えました。過去2シーズンも、まさに名作揃いで、互いのストロングポイントを見事に高めあったプロダクトは、見応えも十分。今作に到っては完成度が抜群に高くなっています。詳しいスペックはオンラインストアで見ていただくとして、僕の目に留まったのは、言わずもがな、パイピングに使用されているミズノのグラブレザー。読んで字のごとく、グラブを作る時に使われるレザーを配しているのですが、その質感はやはり特別。

master-piece × MIZUNO Collaboration Series 02420-mz

それを撫でるだけで、あの日の河川敷の乾いた土の匂いや、汗の美しさ、毎日を共にしてくれた壁の手触りも、すべての情景が浮かんできました。しかもこのバッグの形、どこかで見たことがあるような…なんて思っていたら、またまた野球好きがヤラレるポイントが。

「昔はショルダーバッグが大半だった球児も、いまはリュック型が主流になっています。それをオマージュしたデザインでもあるんです」と古家くん。この時も「へぇ〜」と愛想も無くリアクションも薄めにクールを決め込んでいましたが、内心では「うわ、ヤラレた。このアイデアはセコい」と机の下でこっそり膝を叩くことに。

そう、甲子園でも見かけるようになって早や数年、いまや球児のバッグは、バックパックがトレンド。そんなオマージュ、マジでセコすぎるぞ、マスターピース。

野球好きにとっては豪華幕の内弁当のようなこのバッグですが、もちろんそのビジュアルもカッコよくて、ファッションとしても秀逸なのは、さすがはマスターピース、抜かりがありません。スポーティーなスタイルだけど、意外とシックなスタイルにもハマるし、カジュアルだけじゃなくて色んな人が楽しめるデザインになっているのが、これまたニクい。

「“スポーツに貢献する”という企業理念にもとても心を打たれていて、様々なスポーツへ貢献されている姿勢には尊敬の念を抱きます。それにやっぱりスポーツをやってきた人間からすると、ミズノと何か仕事をするっていうのは単純にテンションが上がりました。カッコいいとかそういうことではなくて、道を追求している“本物”ですから」

古家くんの言葉通り、“本物”はやはり違う。1分1秒を、1cmや1mmを削り出すアスリートはもちろん、草の根で活動する人や、スポーツ全体、ひいては文化全体の発展にまで貢献を果たすミズノは、日本にとってなくてはならない企業の一つ。そんな本物と仕事ができる機会は、数えるほどしか訪れないはず。それを見事に昇華し、自らのアイデンティティもしっかりと発揮したこのシリーズは、その取り組み自体に高い価値があるように僕は思います。

ミズノ本社外観

“本物”と“プロ”が手を組み、僕らの日常を彩るものを作り出す。これ以上何を望もうか、と言いたくなるほど、すべてに合点が行く、ミズノとマスターピースのコラボレーション。このストーリーに、ほんの少し何かを付け加えることができるのならば、僕がいま住んでいる場所。福島区にある僕の住んでいるマンションは、ミズノの大阪工場があった場所。その場所ではグローブも作られていたといいます。そして僕はそのマンションの部屋でこの原稿を書いている。何の付加価値にもなりませんが、僕は、またウルっと来ているのでした。

Text : Yuji Iwai
Illust : Shuji Kawaguchi

master-piece Director

Kouki Furuya

昨年、新しくブランドディレクターに就任。190cmほどの大きな身体からは想像できないロジカルで柔らかな語り口でブランドの魅力を語るマスターピースの看板選手。

[ssba]
  • Facebook
  • twitter
  • tumblr
  • instagram
  • Pinterest
  • Vimeo
  • Mail